敷地は、大正天皇の御静養地として造営された重要文化財である田母沢御用邸の一角をなし、美しい山々に囲まれ、御用邸から連続する杉の木々たちが、神聖な空気を漂わせている。この天皇家の静養地という土地の記憶と、そこにある希少な空気感を甦らせ、まさに「ひらかれた聖地」をつくることがこのプロジェクトの命題であった。
田母沢御用邸は、江戸時代後期、明治、大正と三時代の建築様式をもつ集合建築群で、増改築を繰り返すことで生み出された「雁行」する美しい屋根並みと心地よい空間がそこにあった。その「雁行」という形式(幾何学)が、この土地固有の記憶と空間の質と捉え、それを継承した建築にしたいと考えた。田母沢御用邸の「雁行」する美しい屋根がもつシルエットを継承し、敷地に溶け込むように建物が配置された。
杉をはじめとした多くの自然林に囲われたこの土地では、積層する木々や林立する木立が多様な陰影をつくりだすとともに、一目では見渡せない、奥深い空間が形成されていた。木々の向こうに感じる沢の音、動物の鳴き声、陰影は、日常にはない時間軸のなかで形成された荘厳な空気をつくりだしている。日光の原風景ともいえるこの空気感に呼応した自然に溶け込む建築をつくり出した。
敷地は杉林の木立は、あるところは開け、あるところは、その奥に引き込まれるような奥行きがつくられている。アプローチから杉林を奥へ奥へと引き込むように、その微妙な力関係に呼応しながら、周囲の杉林や地形になじむように、各棟をつなぐ回廊空間が計画された。まるで、日光の杉林の中を散策するような、多様なシーンをつくり出し、都会の喧騒から離れた、ここにしかない「奥」という空間の質をつくり出している。
日光といえば、日光金谷ホテルといった黎明期の日本ホテル界を牽引してきた代表的なリゾートホテルが有名で、100年以上も人々に長く愛され、癒し、心地よさ、人間の快適さを第一とする「グッドテイスト」を備えた上質なリゾートとしてのポテンシャルをつくり上げてきた歴史がある。ここでは、土地の記憶を継承しながらも、豊かな自然を最大限に生かした「建築とランドスケープが融合したデザイン」をつくり出すことで、上質な「グッドテイスト」を実現し、長く愛し続けられ、日光というポテンシャルに相応しい風格を獲得できたと考えている。