新庁舎整備の目的は、文化庁の移転が決まった歴史的建造物である旧本庁舎と、老朽化した旧別棟の警察機能を集約し、災害時の危機管理能力向上を目指すことであった。
建設地は京都御所に程近い、京都府庁の官庁街を内包する広大な敷地の北端にあり、住宅街にも面する位置にある。また、冬の寒さ、夏の暑さが際立つ盆地性の気候や、災害時を含めた強固な警察機能が必要とされることから、これらを解決する「建築の在り方」を追求することが計画上の最重要課題と考えた。そして求められる条件から導きだされる「景観」、「環境」、「セキュリティと防災」という3つのテーマを1つの建築システムで統合し、誰からも日常的に見える「かたち」にすることで、権威的、威圧的になりがちな警察庁舎のビルディングタイプに一石を投じ、その場所に自然に在り続けることができるような新しい公共のシンボルを創ることを目指した。
第一の課題は、巨大なヴォリュームを京都の街並みにどう調和させるか、ということであり、特に南側の官庁街と、北側の小規模な住宅地という異なる街並みに面する建築の在り方を探ることは「かたち」を決めるうえで最も重要なテーマであった。
この課題に対し、建物ヴォリュームは庇や腰壁により水平に分割し、深い陰影をつくり出すことで、軒が水平に連続する京都の町並みに調和させた。それに加え日影規制による建物のセットバックも活かし、北側の住宅街からは6階建ての建物を3階建てに見せることに成功した。
水平を強調するコンクリートの庇や腰壁は、素地感のある下見板張の形状とし、自然光に応じて変化する豊かな陰影を創り出した。その一方で1階のエントランスや6階の武道場の内部壁面は、杉材の縦格子を外部に表出させている。これらは水平強調の外観と縦強調の内観により、軒の連なる京都の町並みと縦格子の町屋との関係を重ねたものである。
第二の課題は冬の寒さ、夏の暑さが際立つ盆地性の気候に対して、熱負荷の低減による省エネ化と、命を守る重責を担う職員のストレスを低減するための環境づくりであった。
まず、方角により出幅が異なる庇と高さ1.2mの腰壁により、直射光をほぼ完全に遮蔽し、次に、開閉の微調整が容易な片開き窓(網戸付き)により、雨天時も気軽に自然の風を取り入れることができ、内部からのガラス清掃も行えるなど、簡便でローテクなシステムを採用した。また、執務室に取り入れた外気は「光シャフト」と呼ぶ吹抜けの階段室を介して、上部の天窓から排出する重力換気を行うことで、中間期の空調への依存を大幅に減らし、明るく緩やかな階段の利用で気分がリセットできるようにした。奥行きの深い建物形状でも、誰もが自然の光や風を感じられるようにしたのは、夜勤やストレスも多い警察業務の日常に少しでも安らぐ空間を提供したかったからである。光、風、雨をいなすだけでなく、人に安らぎを与えることで、気候風土に根差すための「かたち」である。
第三の課題は警察機能に必要なセキュリティと防災性能を確保することである。
外壁は時の経過に耐えるPCコンクリートで堅牢さを強調し、通常より高い腰壁は執務スペースの収納を内部に抱えたコの字型の形状に張り出すことで、地上からの視線を遮る一方で、街の状況を見渡せる眺望を確保した。また、エントランスは、バスが寄付ける高さと街に開いたロビー空間を確保しつつ、免震構造の仕組みを見える化した段差と強固な手摺によりテロ等の抑止・防止に努めた。守りながら開く警察としての構えである。
防災への取組みとして、巨大地震を意識した中間層免震構造とセットバックに対応する強靭なセンターコア構造システムの採用、自然採光と自然通風を基本とした冗長性の高いローテクな設備システム、水害に備える防潮壁と緊急用雨水貯留漕など、災害対策拠点にふさわしい業務継続性の高い庁舎を実現した。
25Mの高さ制限、北側の住居地域に対して敷地内の全棟に影響する日影規制、敷地境界からの壁面後退などが求められる地区計画、敷地内建物との延焼を防ぐ離隔距離に加え、旧市街地型の景観規制など、非常に厳しい条件下で3万㎡近くのヴォリュームを確保する必要があった。そのために駐車場や倉庫を始めとし、警察機能特有の多くのバックスペースを地下2層に納める工夫を要した。しかしその一方で、これらの規制を効果的に利用することで古都に調和する景観を確保している。また、精密機器を抱える科捜研や、警備部、刑事部を始めとする多くの部署を複雑な関係で繋ぐ必要があったことから、建物全階・全周に渡って自由度の高いロの字型平面を採用する他、簡易な採光・通風システムと合わせて、運用後の部署配置の変更にも柔軟に対応することが可能になった。完成後には、その使い易さが評価されており、新型コロナウイルス(covid-19)禍に直面した際にはさらに効力を発揮している。