「山梨の構造をやってみないか」
2009年の夏の日、野口さんから電話をもらった。もちろん「是非、担当させてください」何とか今度は認めてもらいたいとの思いで答えた。思いは、この時から9年前にさかのぼる。2000年春、「変化と流れ」「進化と退化」をテーマとした2005日本国際博覧会北エントランスについて、野口さんの建築チーム、構造チームでコンセプトデザインを検討していた。私からの提案は全く受け入れられなかった。最終的に、野口さんから「こんな感じ」のスケッチに対して、構造家播繁(元鹿島建設、代表作:エムウェーブ 長野市オリンピック記念アリーナ)による架構提案をもとにまとめられた。のちに独立した後輩から聞いた私の案に対する野口さんの評価は非常に低いものであったと聞く。そんな私に野口さんが連絡してくれたのは、のちに出来上がった大分県運転免許センターの構造を見てくれていたのであろう。
いよいよ、基本設計がはじまった。野口さんから「『自然とともに生きる』をメインコンセプトとして、省エネ、省資源などの環境配慮はもちろんだけど、いつも自然を身近に感じつつ豊かな時を過ごせるようにあたかも巨大な果樹園に迷い込んだかのような、緑のカーテンと青空に包まれた図書館を目指す」と伝えられた。具体的には、設計コンセプトイメージである葡萄籠、葡萄棚を想起させる西・南側壁面を覆う籠状の格子を屋根面に連続させて建築全体を包み込みたい。そして、籠状パターンを構造材として成立させ構造材そのものを建築デザインとしたい、との要求が出された。この籠状のパターンを構造材として成立させ、この構造材のあり方そのものが建築デザインとなることが理想的であると考えた。屋根形状は、太陽光パネルの設置と北側採光を行うことから9m毎に勾配を持った屋根が南北方向に連続するのこぎり状とする必要がある。さらに約38.5m×72mの長方形平面をもつ2階閲覧スペースは、2層分の階高(約8.5m)の開放的なワンルーム空間とすることも必要だ。
薄く構造が目立たず、建築に寄り添うような屋根をつくりたいと考えた。9mスパンしかないが、単純な格子梁ではそれほど薄くできない。やはり連続するトラスとして、下弦材をなるだけ細く目立たせないのが良いのか。
構造から、籠状の格子パターンによる内観の視覚的イメージを重視した架構を提案した。まず、南北方向に9m毎に必要となるハイサイドライト部分の高低差を利用して目立たず、無理なくトラス大梁を構成し、37mの東西方向のスパンに架け渡した。そしてハイサイドライトからの光を呼び込むように、この隣り合うトラス大梁の上、下弦材の間にH形鋼を上弦材とする面状の格子架構(水平ブレースと兼用)で繋いで、緩やかに弧を描く帯状の下弦材との組み合わせによる鉄骨トラス小梁で結びつけた。
とくに帯状の下弦材は、細いロッド材やH形鋼などとはせず、一見してプレートに見える帯状の組合せ材を用いた。細いロッドでは逆にロッドが目立ってしまうが、帯状として「構造材としての既視感を消す」ことで、格子の視覚的イメージをより強調することができると考えた。緩やかな円弧を描く600mm幅の帯状部材は、集成材、LVL、LSLなどの木質部材の特徴である小さい弱軸曲げ剛性を利用して自然曲げにより円弧とする提案とした。
この提案は、建築を生かすのではなく、やや構造が目立ちすぎてコンセプトと異なるデザインとなるのではないかとも考えた。野口さんからの返事は「ちょっと考えさせてくれ」であった。
翌日「ふんどし(帯状部材)は木ではなく、鉄にしたい。それでもできるか」これで決まった。何とか納得のいく提案ができた。帯状部材の端部はエッジを効かせたプレートとして鉄骨FBの組合箱形断面とすることでより薄く見せることができる構造デザインとしてまとめた。
西・南側壁面を覆う籠状の格子は、つる植物のポットが組み込まれており、壁面全体が緑のカーテンウォールとなるように計画されている。この籠状格子架構は、水平ルーズ機構の設置により地震時の水平力は負担させず、吊材として常時の外壁荷重のみを上部のキャンチ梁から支持させることで、より繊細な構造デザインが可能となった。緑化ポットを設置するメンテナンスデッキの水平力(地力)はデッキ下部に設置する水平ブレース付きトラス構面により本体に応力を伝達している。格子面外方向の水平力(地震、風)は、主に耐風梁となる鉄骨FBにて応力を伝達するが、補助的に面外方向にも屋根と同様にトラストして利かせている。格子は、日射を受けて熱伸びにより上下するが、格子各交点をピン式ロックボルトで接続することにより、格子各交点での回転及び熱収縮と熱膨張を吸収し、応力を逃がす納まりとしている。
屋根の鉄骨製作は、地元甲府の小さい鉄骨ファブリケーターに決まった。鉄を曲げて、歪ませて、構造は意匠兼用の表しとしていた。「相当に難しいが、本当に大丈夫なのか」はじまりは不安と疑いからだった。
不安のなかで図面打合せが進む。「これはできる?あれはできる?」そんな投げかけに山梨建鉄の伊藤専務は「できますよ!ちょっと作ってみました。」と軽々と答える。「本当か?どれどれ、やるね!」こんな感じで打合せが進んでいった。設計図にはないが「モックアップを作りましょう」「試験施工しました」ふんどし、反物、きしめん、ほうとうと呼ばれた屋根の帯状FB合わせの下弦材試験体は、Aから始まり最終的にJ試験体まで続いて最後までやりきった。さらに、鉄骨施工で気になる様々な部分の積極的な施工試験を行う。伊藤専務とスタッフに圧倒され続け、自分たちもどんどん熱狂していった。出来上がった建築の中から屋根を見上げると、そこには見えてこない苦労が詰まっている鉄骨が整然と存在しており、特別な思い入れがあるものとなった。
いつも思うことは「設計図とは小説のようなものなり」。それは、心温まる癒しもの、恋愛もの、青春もの、ファンタジーなどいろいろなものがある。中には物凄くつまらないもので、途中で飽きてしまうものもある。初めてこの山梨県立図書館の設計図を見たとき「これは、ミステリー小説だ!」と思った。しかもかなりの謎解きもので、私は一気にこのミステリー小説にのめり込んで謎解きを始めることになった。完全に虜になってしまった。決して多くはないヒント、必要最低限のヒントしかない。しかし繰り返し読めば読むほど頭の中でこの物語がいっぱいに占拠してくる。作者(設計者)の意図をなんとか感じとる。こんな作品は何年かに一回しか巡り会わない。「何とか超難解なミステリーを解読しないと」と思った。最初のうちは構造設計者も疑心暗鬼な目が見て分かった。でも私はこの小説を頭に叩き込んでいたので、そんなことはお構いなし。構造設計者の意図はしつこいほどの打合せでほぼ謎解きが終わった。次は意匠!意匠設計者は当時大御所で滅多に現場に打合せに来られない。ある日、その大御所が現場に来るという情報を得て、現場所長に「模型を持って行くので絶対に帰さないで!」と懇願して少しだけ時間をもらって、模型を3~4パターン持って行きどれか選んでほしいと伝えた。彼が指さしたものは私が予想したものと一致。これで謎解きはほぼ完了。さあ、鉄骨の製作に入ろうか。
この建築の屋根は、重力によって常に水下側(隣り合うトラス大梁の、上弦材側から下弦材方向)に倒れようとする特性がある。建方方法や手順によっては完成時の応力が設計で想定された数値を上回る可能性があることは分かっていた。適切な立案と構造品質を確保することが重要であった。倒れが大きくなれば見え掛かりにも影響し、意匠性を損なうことになる。設計で想定された応力状態を再現するため、屋根の建方は、施工性と経済性を考慮して最小限の支保工で行うことを目標に、施工時解析をベースとして計画立案された。大きなポイントは、トラス小梁のユニット、現場施工する格子状接合部の効率化、仮設形状保持梁と吊材の採用となる。本施工では計測を行い、非常に良い精度で鉄骨を組み上げることができた。