三軒茶屋に久米設計が保有する旧社宅がある。築40年、延床約500㎡の小さな建物である。
8戸の家族寮と地下図面保管庫からなるこの社宅は、西麻布本社時代には良い距離感だったものの、30年前に本社を潮見に移転してからは遠くなり、いつしか社宅制度もなくなり、共同住宅としてひっそり貸し出していた。
とはいえ、築40年。設備更新や建替えを考える時期に来ていた。
この遊休資産の活用を考えるため、会社の有志によるワーキンググループがつくられた。
メンバーには意匠設計者だけでなく、エンジニアや設計に関係ない部署の人も。普段の設計とは異なる検討に、話はどんどん広がる。
住宅街の立地から賃貸住宅を基本としつつ、活用方法としては、シェアハウスやシェアキッチン、コインランドリーや小さなお店、コワーキングスペースやギャラリーなど多岐にわたるアイディアが浮かぶ。
建物自体も既存活用や新築建替の是非、新築の場合も木造、鉄骨造、RC造、片廊下プランや階段室型、分棟形式など、様々な可能性が俎上に上る。
アイディアは無限に出るものの、どれが正解かわからない。
設計やコスト試算、事業計画立案もするけれど、果たして人気が出るのだろうか?設計の領域からはみ出していくと意外と足元の根拠が少ないことに気が付く。
そして新型コロナウイルスを起因として変化した新しい生活様式。
通勤通学が基本の生活から、もう少し自由になれそうなことを誰もが実感しているなか、暮らし方に寄り添った提案をしたい、そんな思いもあった。
ここでどんな人がどんな暮らしをするのだろう?
その答えは、空想するより実際に観察した方が手っ取り早そうだ。その思いから、部屋の中は自由に変えてよいという条件付きで、期間限定で今のまま貸し出すことを決めた。設計のアドバイスなら得意な人がこちらにたくさんいるのだから。
実験としての設計者付きDIY賃貸住宅。小さな取り組みから、よりリアルな着地点を探っていくことを決めた。
この文章を書いている時点で入居者はまだ決まっていない。ちょっと変な人が住むかもしれないし、ただの普通のアパートで終わるかもしれない。
ただ、住居の一画で自分たちも働きながらその暮らし方を見守るつもりだ。期間限定のその後も未定だが、暮らしを見つめた後、その暮らしに寄り添った建築を考えたい。
いわゆる大家業として不動産に片足を突っ込んだ取組みだが、住まい手本位の建築は、設計の原点ともいえる。
この小さな住宅から、新しい建築、新しい設計を考えていこう。